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祭魚ブログ

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『テヅカ・イズ・デッド』再読(4) マンガのおばけとウサギのおばけ

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『テヅカ・イズ・デッド』再読(4) マンガのおばけとウサギのおばけ

「マンガのおばけ/ウサギのおばけ」という概念は「キャラ/キャラクター」という概念と似てはいますが、異なるものだとされています。それではいったい「マンガのおばけ/ウサギのおばけ」とは何なのか、読み解いてみたいと思います。

 その手はじめとして、大塚英志『アトムの命題』で引用された西上ハルオによる「デフォルメ」という言葉を検討します。

 だから、マンガというのは、ちゃんとした絵をデフォルメ(誇張・変形)し、単純化したものであるという理論だった。
 しかし、まんがの全部にその理論があてはまらないことは、今日では多くの人が知っている。
 こどものかいた絵は、うまいとはいえないが、実によく印象をつかんでいることがある。それらは、デフォルメした絵でもなく、単純化した絵でもない。印象に忠実なだけの話である。しかも、それらは、マンガに似ている。いや、それがマンガなのかもしれない。
 手塚治虫氏の絵の場合、海賊は海賊らしくまとめられている。ジャングルはジャングルらしいし、汽船は汽船らしい。
 もちろん事実は調べただろうが、ほとんどこのらしさが基準になって、できあがっている点がおもしろい。(「『新宝島』研究」より)

 私の理解では、西上ハルオの使う「デフォルメ」という言葉は、あらかじめ「ちゃんとした絵」があり、それを誇張・変形する加工を意味しています。「ちゃんとした絵」というのは光学的な正確さをそなえた写真や網膜像のようなものと考えればいいでしょうか。
 「デフォルメ」した絵の典型例としては、似顔絵が挙げられると思います。似顔絵にはモデルとなる人物の顔があらかじめ存在し、その特徴を誇張・変形して描かれます。
 「デフォルメ」した絵の背後には、いわばその“本当の姿”が存在するわけです。

 これを踏まえて『テヅカ・イズ・デッド』での議論を検討してみます。
 『アトムの命題』でも論じられた、手塚治虫の「地底国の怪人」の登場人物「耳男」について、伊藤剛は改めて論じていますが、それを「デフォルメ」という概念を使って捉えなおしてみましょう。

 耳男の図像を「デフォルメ」と考えると、その“本当の姿”は体に白い毛の密生している「ウサギのおばけ」ということになります。この見方では、図像は“本当の姿”の代理物であり、写実的に描くかデフォルメして描くかは手段の問題ということになります。
 一方で、描かれた個別の図像の他に“本当の姿”などないと考えることも可能です。
 よく言われることですが、「鉄腕アトム」の二本の角のような頭の出っ張りは、正確に頭のどの位置からどういう角度で生えているのかを決定できません。つまりアトムは、3Dモデルのような“本当の姿”が先にあって、その投影のように描かれているわけではないわけです。
 こうした在り方を単に矛盾とか破綻と捉えるのではなく、漫画であるが故に可能な在り方として肯定的に捉えることもできるはずです。あるキャラクターを描いた様々な図像が、“本当の姿”という一点に焦点を結ぶことなく、しかし同一性を保持している、とでも言いましょうか。描かれた図像の上位に“本当の姿”を想定するのではなく、“ただ描かれたままの姿”として存在するものとして受け止める態度です。
 それが伊藤剛の「マンガのおばけ」という概念に繋がるように思うのです。ウサギとしての身体にも人間としての身体にも、その在り方を固定されない「耳男」はその点で「マンガのおばけ」です。

 一般に、あるキャラクターが「ウサギのおばけ」なのか「マンガのおばけ」なのかということは決定できないというのが私の考えです。漫画読者は、「ウサギのおばけ」と「マンガのおばけ」という2つの解釈の枠組みを都合よく使い分けて漫画を読んでいるというのがむしろ常態ではないでしょうか。

 漫画を読んでいるとき、実写映画やテレビドラマにするならこの登場人物は俳優の誰それがピッタリだな、などと想像をふくらませることがあります。逆に、このキャラクターは実在のどんな役者が演じてもしっくりこない、描かれた絵以外の在り方はふさわしくない、と感じることもあります。
 私達の内で、「ウサギのおばけ」的解釈が優位のとき前者の気分に近づき、「マンガのおばけ」的解釈が優位のとき後者の気分に接近しているのではないでしょうか。
 もちろん、俳優の身体も作品内では記号の一種なわけですが、あるキャラクターの“本当の姿”を想定したとき、それに近い俳優は誰だろうという想像が可能になります。それに対し、キャラクターを“ただ描かれたままの姿”を持つものとして捉えれば、それを実在の役者の身体に置き換えることはキャラクター本来の在り方から遠ざかっているように感じるのでしょう。
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