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十代前半の若者たちに一番読まれている本格漫画評論?

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十代前半の若者たちに一番読まれている本格漫画評論?


 表題の件ですが、今、十代前半の若者たちに一番読まれている本格漫画評論とは、スタジオジブリの高畑勲による「日本人はアリスの同類だった」という文章ではないかと思います。なぜかというと、三省堂の中学二年の国語の教科書に載っているからです。徳間書店から出ている『十二世紀のアニメーション』の冒頭に収録されていますので、そこでも読むことができます。
 教科書の文章なんてみんな真面目に読んでいないという意見も、ある程度当たっているでしょうが、漫画やアニメが好きで文章を読むことが好きな子は、結構真剣に読んでいるんじゃないかと思います。

 現代の日本の漫画やアニメなどの隆盛について語るとき、「鳥獣戯画」などの伝統からの連続を強調する場合と、近代化以降の欧米からの影響を重視して伝統からの切断に重点を置く場合とがありますが、この文章では前者の立場に立って書かれています。
 そうは言っても、もちろん「鳥獣戯画」から現代の漫画まで一直線に続いているというような乱暴なことは言っていません。

もちろん、日本で花開いたマンガやアニメは、このような文化伝統を学んで作られたのではありません。漫画や映画やアニメーションなど、海外や国内の先行作品の大きな影響や刺激を受けて出発したのです。(高畑勲『十二世紀のアニメーション』)
 過去の作品と現代の漫画やアニメをつなぐものは、直接的な影響関係というより、日本人の「文化的な好みと欲求の伝統」だと説明しています。

 この文章では伝統的な作品として「鳥獣戯画」などの絵巻物のほか、江戸時代の草双紙などが挙げられ、「語り絵」という総称が与えられていますが、それらはどういう意味で現代の漫画やアニメと似ていると言えるのでしょうか。
 高畑勲による「語り絵」とは、「おもに輪郭線と色面で描かれたさまざまな絵をならべ、それに言葉をそえて、時間とともに、お話をありありと語ったもの」とされています。この特徴は現代の漫画やアニメにも当てはまるわけです。

 「語り絵」が日本人に好まれてきた理由として、高畑は次のように語ります。

ひとつには、日本人が元祖の中国人以上に、文字を視覚的な〈絵〉として認識してきたことにあるのではないかと考えられます。(高畑勲『十二世紀のアニメーション』

 日本語の文字表記の特殊性と漫画の隆盛を結びつける論はいくつかありますが、これもまたそのひとつと言えます。

 高畑は「視覚記号と音声記号のあいまいで多面的な重層を日本人は一貫して楽しんできた」と述べています。
 ここでの「視覚記号」とは、文字、とりわけ漢字を〈絵〉としてとらえたもの。「音声記号」とは、文字の読みのことと考えればいいでしょう。視覚記号の〈絵〉に対して、音声記号には〈ことば〉という表現も使われています。

 そして日本での文字の受容について、「ひとつの〈絵〉(漢字など)に複数の〈ことば〉(音声と意味)を、そしてひとつの〈ことば〉に複数の〈絵〉を重ね合わせるという、世界でも例のない独特の言語記号体系を持つことになった」と説明します。

(※ここで〈ことば〉というのは、文字以前の音声による言葉を指しているのでしょうが、それを「意味」としてしまっている点は誤解を招きかねないと感じます。例えば「のぼる」というひとつの〈ことば〉に「上る」や「登る」など複数の文字を当てて意味を細分化していくときに、個別の意味を担っているのは文字、つまり〈絵〉の方です。〈絵〉と〈ことば〉の双方が意味を担って、より複雑な意味を生み出していく過程と捉えた方が適切と思われます。)

 さて、ここから「語り絵」を好む日本の文化にまで繋げるのは決して簡単ではありません。確かに漫画やアニメは〈絵〉と〈ことば〉の組み合わせで作られています。しかし日本における文字の運用が、「語り絵」にどのように影響を与えたのか十分に説明されたわけではありません。
 「日本文化の特色の源泉がこのような独特の言語体系にあると結論づけるためには、さらに論証が必要ですが、いまはそこまで深入りすることはできません」とあるので、仮説の段階なわけですが、文中ではこの説を補強する興味深い事例がいろいろ取り上げられています。

 また、次のような指摘もあります。

「語り絵」が、民衆を対象にした音声による絵解き用ではなく、お話を読むことのできる識字層の楽しみのためにまず制作された。(高畑勲『十二世紀のアニメーション』)

 字の読めない人のために作られた絵解きではないということですね。日本では各時代で、比較的識字率が高かったという点も触れられています。これは、日本独自の文字の運用が「語り絵」を生んだという仮説を支える重要な指摘になっています。

 以上のように「日本人はアリスの同類だった」は、非常に濃い内容の文章で、正直、国語の苦手な中学生にはかなり難しく感じられると思います。
 ただ、クラスに一人か二人でもこれをしっかりと読む生徒がいれば、全体としての人数は少なくないものになります。本が好きで、漫画やアニメも好きという若者の層に「日本人はアリスの同類だった」で論じられた内容は、それなりの大きさの影響力を持つことになると思われます。

 最後に個人的な感想になりますが、文字における「視覚記号」=〈絵〉と「音声記号」=〈ことば〉の関係が、現代の漫画やアニメとどう繋がるのかという問題は、いろいろと考えさせられます。
 例えば、「視覚記号と音声記号のあいまいで多面的な重層」というのは、漫画においては何を指すのでしょうか。うまく整理して語れたらいいのですが、私にとってこれは今後の課題です。
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